川向こうのコーヒー。
勝どきに住んでいたとき。
大江戸線の勝どき駅から勝どき橋を渡り、歩いて築地の喫茶店に通っていた。
川向こうのお店の方が自分に馴染むというのも皮肉な話なのだが、市場や河岸で働く人たちが訪れるこのお店が好きで、話に混ざれたり混ざれなかったりもしながら、コーヒーやカフェオレをゆっくり、二杯ずつ飲むのが楽しみだった。
ここのおかみさんは、市場で売っている魚介の仲買のようなこともしていて、よく「これ持っていきなさい」とアジの開きやらニシンやらを頂いた。
自分では滅多に魚など買わないので、たまに頂いたものを焼くのをちょっと面倒に思いつつ、食べてみるとやっぱりとても美味しくて、ありがたく思ったものだった。
おかみさんや、市場にお店を出している社長さんが、いい歳して独り身でフラフラしている僕に身の上話をしてくれたり、ためになるお説教をくれたり、笑ったり、タバコを吸ったり。
市場の移転に伴って、周囲の古い建物が取り壊しの憂き目に遭って、御多分に洩れずこの喫茶店も今月末、10月27日に店を閉じることにしたようだ。
築地に店を開いてから30年。
30年同じ仕事を続けるということは想像もつかない。
さみしいなぁ、というのは、通って一年やそこらの僕が言っていい言葉ではないのかもしれないが、さみしいものはさみしい。
今は移転してしまったけれど、築地に生きて、東京の台所を支えていた人たちのように、30年後も胸を張って生きているために、ちゃんと仕事をしなければ。